弁護士堀康司(常任理事)(2005年11月センターニュース212号情報センター日誌より)
日本学術会議が報告書を公表
平成17年6月27日、日本学術会議は「異状死等について-日本学術会議の見解と提言-」を取りまとめ、医師法21条における異状死体届出義務と医療関連死の関係を明確にするとともに、医療事故防止と被害救済の仕組みの必要性を提言しました。
異状死を巡る議論の推移
平成6年、日本法医学会は『「異状死」ガイドライン』を提示し、医療関連死の異状死該当性の判断にあたっては診療行為の過誤や過失の有無を問わないとする見解を示しました。その後、都立広尾病院事件等を契機として異状死の解釈に注目が集まるようになり、外科系13学会・日本内科学会等により、異状死の範囲を狭く解釈する見解が相次いで公表されました。他方で患者側からは、医療問題弁護団が日本法医学会ガイドラインの解釈を支持する意見書を発表する等、異状死の解釈上の争いが続きました。そして平成16年4月13日の最高裁第三小法廷判決により、診療行為における罪責を問われるおそれがある場合に届出義務を課すことが憲法38条1項の自己負罪拒否特権に違反しないことは明確となりましたが、異状死の定義については未解決のままでした。
提言は第三者医師・遺族の判断を重視
今回の日本学術会議の提言は、第7部(医・歯・薬学関連)と第2部(法律学・政治学関連)の合同拡大役員会において、これまでの議論の経過を踏まえつつ、医療界、法曹界等から幅広い意見を聴取した上でまとめられたものです。
この提言は「担当医師にとって医学的に十分な合理性をもって経過の上で病死と説明できたとしても、自己の医療行為に関わるこの合理性の判断を当該医師に委ねることは適切でない」とした上で、「第三者医師(あるいは医師団)の見解を求め、第三者医師、また遺族を含め関係者(医療チームの一員等)がその死因の説明の合理性に疑義を持つ場合には、異状死・異状死体とする」との定義を示しています。
担当医師だけで判断することを不適切としたことについては、日本学術会議としても医療における透明性や説明責任を重視したことがうかがわれます。特に「遺族が死因の説明の合理性に疑義を持つ場合」を異状死とすることが明記された点は、患者側の納得に着目した定義として高く評価できるものと言えます。
再発防止・被害者救済の必要性も指摘
また、今回の提言は「医療関連死の問題を総合的に解決するための第三者機関を設置し、医療関連死が発生した場合、その過誤・過失を問うことなく、この第三者機関に届け出ることとすべきである。この第三者機関は、単に異状死のみならず、医療行為に関連した重大な後遺症をも含めた広範な事例を収集するものとすべきであり、この上に立って医療事故の科学的分析と予防策樹立を図る」として、医療事故全般を調査分析する第三者機関の必要性を指摘しています。
被害者救済についても「この第三者機関は、事例の集積と原因分析を通じ、医療事故の再発防止に資するとともに、医学的に公正な裁定を確保し、被害者側への有効で迅速な救済措置の実施のために裁判以外の紛争解決促進制度(ADR)の導入や労働者災害補償保険制度に類似した被害補償制度の構築などを図るべき」と述べ、行政・法曹界・医療界・患者・保険会社等が協力して被害救済システムを構築するよう呼びかけています。
「学者の国会」とも呼ばれる日本学術会議がこうした公式見解を示したことは、医療安全と被害者救済の実現に向けた国民的取り組みのための大きなステップとなるはずです。