鑑定的意見は丁寧に吟味を~最高裁が経験則違反を指摘 

弁護士堀康司(常任理事)(2006年3月センターニュース216号情報センター日誌より)

過失を否定した高裁判決を破棄

  平成18年1月27日、最高裁第二小法廷は注目すべき判断を示しました。事案は、脳梗塞の後遺症で入院中の80歳代の患者が、発熱・下痢等の治療のために平成4年12月末から約8ヶ月にわたって多種類の抗生剤が断続的に投与された後、多臓器不全で死亡したという件です。過失としては、1)発症初期に広域抗生剤が投与されてMRSA感染症に至った、2)MRSA感染症に対するバンコマイシンの投与が遅れた、3)治療期間中に多種類の抗生剤の投与によって抗生物質関連性腸炎等を発症させた、という3点が争われており、鑑定的意見としては、患者側からF意見書、I意見書、医療機関側からG意見書、裁判上の鑑定としてH鑑定が出されていました。

  原審はいずれの過失も否定しましたが、最高裁は、過失を否定した判断に経験則又は採証法則違反があるとして原審判決を破棄し、審理を東京高裁に差戻しました。

反対尋問の重要性

  1)について原審は、F意見書によると当時は広域抗生剤が一般的だったとうかがわれること、G意見書が本件では妥当な選択がなされたとしていること、H鑑定は広域抗生剤投与の個別的当否に触れていないが、特に問題があったともしていないことを指摘し、過失を否定しました。これに対し最高裁は、G意見書は狭域抗生剤に代えるべきかどうかは検討していないこと、G意見書が医療機関側提出の意見書であって反対尋問にさらされていないこと、H鑑定には使用された広域抗生剤について医療水準にかなうものではないと理解できる記載があることを指摘しました。

「つまみ食い」への警告

  2)について原審は、H鑑定は早期にバンコマイシンを使用すべきとしつつも、安易な投与による耐性菌の問題をも指摘していること、時間は要したが他の抗生剤によってMRSAが消失していること、F意見書やG意見書が早期のバンコマイシン投与に触れていないこと等を指摘して、過失を否定しました。これに対し最高裁は、H鑑定には、安易な投与を警告する記載はあるが、便からMRSAが検出された時点で経口投与していれば最悪の事態は避けられた可能性の指摘もあること、F意見書には、この当時でもMRSA感染症またはその疑い例にバンコマイシンが第一選択であったとする記載があること、G意見書にはバンコマイシンを投与しなかったことが当時の医療水準にかなうとする記載もないことを指摘しました。

「医療現場の実情=医療水準」ではないことを再確認

  3)について原審は、F意見書には当時の実情として多種類投与が一般的だったとする記載があること、H鑑定が多種類の抗生剤の投与を問題としていないこと、G意見書が本件での抗生剤の使用は全体として許容範囲内のものとしていることを指摘し、過失を否定しました。これに対し最高裁は、F意見書の述べる現場の実情が直ちに当時の医療水準にかなうものと判断することはできないこと、H鑑定が問題としていないのは鑑定事項とされなかったためとうかがわれること、G意見書にも不要な抗生剤の投与がなされたと理解できる批判的記載があることを指摘しました。

鑑定的意見の丁寧な吟味を求めた最高裁

 このように、最高裁は、原審による3つの過失判断のすべてについて鑑定的意見に関する経験則又は採証法則違反があったとする非常に厳しい判断を示しました。この判決を契機として、鑑定的意見の評価は丁寧に行うべきとする実務の定着が望まれます。