予防的手術実施に当たっての説明義務-最高裁平成18年10月27日判決

弁護士園田理(常任理事)(2006年12月センターニュース225号情報センター日誌より)

はじめに

 最高裁は、平成18年10月27日、未破裂脳動脈瘤の予防的手術に関し、担当医に説明義務違反がないとした原判決を破棄差戻しする判決を下しました(最高裁HP中の最高裁判所判例集参照)。

事案の概要

  事案は、概略次のとおりでした。

  平成8年1月、左内頚動脈分岐部に動脈瘤が認められた患者に対し、担当医は、1)放置しても6割は破裂しないので治療しなくても生活を続けられるが、4割は今後20年の間に破裂するおそれがある、2)治療するなら、開頭手術かコイル塞栓術、3)開頭手術では95%が完治、5%は後遺症が残る可能性あり、4)コイル塞栓術では後にコイルが患部から出てきて脳梗塞を起こす可能性あり、と説明。患者は、開頭手術を行うことを希望。

  手術前日のカンファレンスで、動脈瘤体部が脳の中に埋没するように存在していること等から開頭手術は困難と判断し、まずコイル塞栓術を試し、うまくいかないときは開頭手術を実施との方針へ変更。患者には、開頭手術は危険なのでコイル塞栓術を試してみようとの話がカンファレンスであったことを告げ、コイル塞栓術には開頭不要との利点があり、これまで十数例すべて成功している、うまくいかないときは無理をせず、直ちにコイルを回収してまた新たに方法を考える、コイル塞栓術には術中を含め脳梗塞等の合併症の危険があり、合併症により死に至る頻度は2~3%、と説明。患者はコイル塞栓術に同意。

  翌日の術中、コイルの一部が瘤外に逸脱し瘤を塞栓できず、コイル塞栓術中止。コイル回収が試みられたが、回収できず。開頭手術で瘤内のコイルは除去できたが、内頚動脈内に移動したコイルの一部を除去できず。逸脱したコイルによる左中大脳動脈の血流障害から脳梗塞を発症し約2週間で患者は死亡。

本判決の内容

  本判決は、最高裁平成13年11月27日判決(乳房温存療法事件。民集55・6・1154)の医師の説明義務に関する一般論部分を引用した上、「医師が患者に予防的療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に、いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し、そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし、また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められる」と判示。

  その上で、上記事案について、開頭手術では神経等損傷の可能性あるが、コイル塞栓術より術中の瘤の破裂に対処しやすいこと、コイル塞栓術では、神経等損傷の可能性少ないが、動脈塞栓が生じて脳梗塞が発生する可能性や、動脈瘤が破裂した場合は救命困難との問題があり、かかる場合いずれにせよ開頭手術が必要になることや、カンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について分かりやすく具体的に説明した上で、開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過をみることとするのかを熟慮する機会を改めて与える必要があったと判示しました。

本判決の意義

 本判決は、複数の選択肢がある場合には患者が熟慮の上で判断できるよう説明することを求めた判決ですので、その射程は、未破裂脳動脈瘤の予防手術に限らず、予定手術の術前説明全般に及ぶ可能性を秘めています。今後の下級審に与える影響が注目される重要判決です。