1
|
届出義務の範囲の修正の必要性について
|
|
(1)
|
医療事故調査の公正性・透明性・実効性を確保するためには、まず第一に、事故の届出が適切になされることで、事故情報を幅広く集積することが極めて重要である。
|
|
(2)
|
しかしながら、大綱案第32(2)1では、届出義務の範囲について、第三次試案と同様の定義を採用している。
|
|
(3)
|
第三次試案に対する意見でも述べたとおり、大綱案の採用する定義には、少なくとも次に挙げる3点のような問題があるため、修正が不可欠である。
1)医療事故の再発防止を実現するためには、医療過誤であるか否かを問わず、広く医療事故事例を集積することが不可欠であるから、「行った医療の内容に誤りがある」か否かを、届出要否の判断要素とするべきではない。
2)医療事故死等に「該当すると認めたときは」報告を要するとされているが、「認めたときは」との文言は、医療機関管理者による恣意的解釈の余地を残すこととなるため、「該当するときは」と修正すべきである。
3)「行った医療」には、不作為を含むことを明確化すべきである。
|
|
|
|
2
|
「第33 医師法第21条の改正」について
|
|
(1)
|
第三次試案(19)においては、医療安全調査委員会と医師法21条に基づく異状死の届出については、次のように記述されていた。
医師法21条を改正し、医療機関が届出を行った場合にあっては、医師法21条に基づく異状死の届出は不要とする。
そして、第三次試案(18)では、届け出先は、委員会を所管する大臣とされているので、第三次試案では、医療機関がその外部に対して医療死亡事故を届け出るという行動をとった場合に、医師法21条による届出を不要とするという制度設計が念頭に置かれていたはずである。
|
|
(2)
|
しかし、大綱案第32(2)では、病院等に勤務する医師等が死体検案等を行い、報告基準に該当する事案と判断した場合には、当該病院等の管理者に対し、24時間以内に報告しなければならないとした上で、大綱案第33では、勤務医等は、病院等の管理者への報告を行えば、所轄警察署長への届出義務を免れるとしている。すなわち、大綱案では、医師が勤務する医療機関の管理者に報告をするという、医療機関内の内部手続のみで、異状死届出義務の対象から外すという制度設計となっているのである。
しかも、大綱案では、報告を受けた病院等の管理者は、「必要に応じて速やかに診断又は検案をした医師、歯科医師又は助産師その他の関係者と協議し、(4)の1の基準に照らして、医療事故死等と認めたときは、直ちに、○○省令で定める事項を○○大臣に届け出なければならない」と定めており、管理者の判断によっては届出をしないこともありうる制度設計となっている。
このように、検案・診断を直接担当した医師が医療死亡事故届出基準に該当すると判断しているにも関わらず、医療機関の外部に届出がなされないまま、医師法21条の異状死届出義務の対象からも外される余地が残る制度設計では、届出制度の運用が非常に不透明なものとなり、遺族や国民からの信頼を得ることを、かえって困難にしてしまうおそれがある。
|
|
(3)
|
そもそも、医療死亡事故等に該当するか否かは、直接検案・診断を担当した医師がもっともよく判断しうるのであるから、直接、検案・診断を担当していない管理者らに、外部への届出の要否を重ねて判断させる必要性は非常に乏しいと言わざるを得ない。
しかも、大綱案では、外部への届出を要件としないこととした結果、医師から管理者に対する報告が24時間以内になされたことを、当該医療機関内において記録・公証(証明)する必要に迫られることとなる。しかしながら、各医療機関がそうした記録・公証体制を整備する必要に迫られるのは、実務的にも非常に煩雑かつ迂遠である。むしろ、直接、検案・診断を担当した医師が、医療機関外に届出を実施するという制度設計とすれば、医療機関外の第三者が届出時刻を確認することになるから、各医療機関が院内体制をあえて整備せずとも、24時間以内に届出がなされたことを容易に証明できることになり、手続的にも、費用的にも、極めて簡明となる。
勤務医が直接所管大臣に報告をするにあたっては、医療安全調査委員会の中央あるいは地方の事務局に、専用の電話回線やFAX、ウェブサイト、電子メールアドレスを設ける等の工夫をすることで、非常に簡便に実施することが可能であり、こうした体制を設ければ、24時間以内に報告を受けたことを明確に記録化することができる。第一次的には勤務医が直接所管大臣に報告をすることとした上で、当該医療機関の管理者が代行することを認め、管理者による所管大臣へ報告が24時間以内になされた場合には、当該勤務医が医師法21条の届出義務を免れるというような、複線的制度設計とすることも一案であろう。
透明性を確保するためにも、手続を簡明にするためにも、医療機関外部への報告がなされた場合に、はじめて医師法21条の異状死の届出義務の対象から外れるとすべきである。
|
|
(4)
|
なお、大綱案は、病院等の管理者が、医師から報告を受けた際に記録を作成することを求めており、医療事故死等に該当すると認めなかった理由についても、5年間にわたって記録が保存されるとしている。
医療事故死等に該当すると認めなかった理由が記録化されることは、後日における透明性の検証のために必須であることは間違いない。しかし、届出がなされず、剖検の機会を失ったまま遺体が埋葬されてしまうと、当時の死体の客観的状況を示す資料が得られないままとなってしまう。この場合、後日になってから、医療事故死等に該当すると認めなかった理由が、果たして正しいものだったのかどうかを検証することは、ほとんど不可能となってしまう。従って、理由の記録化では、透明性を確保したことにはなりえない。
|
|
|
|
3
|
「第32(5)医療事故死等の届出義務違反に対する体制整備命令等」について
|
|
(1)
|
大綱案では、管理者から届出がなされた後に、医療安全調査委員会による調査を妨害する行為を行うと、刑事罰が下されることになっている(第17及び第30)。
|
|
(2)
|
他方、仮に医療機関の管理者が、医師から報告を受けた事案が医療事故死等の届出基準に該当する事案であるにもかかわらず、あえて所管大臣に届出なかった場合や、届出を遅延した場合のペナルティとしては、第32(5)記載の体制整備命令等の行政指導あるいは行政処分が予定されているだけである。
|
|
(3)
|
届出をすべきものをあえてしないという行為は、医療安全調査委員会における剖検の実施やその他の調査の機会を一切喪失させる行為であり、調査妨害行為の中でも、最も悪質であると評価すべきである。適切に届出がなされることを法的に担保するためには、少なくとも、届出懈怠について故意や重過失がある場合には、第17及び第30と同様の刑事罰の対象とすることが必要である。そうしなければ、調査妨害を厳しく律することとの均衡を、著しく欠く結果となってしまう。
|
|
(4)
|
そもそも、当センターは、前述のとおり、管理者からではなく、医師から直接外部へと報告・届出をさせるべきであり、その方が制度としても簡便でありかつ透明性が確保されるものと考えるが、仮に大綱案のような制度設計を前提にするのであれば、医療機関管理者の届出を担保するための仕組みが脆弱すぎるという問題点を指摘せざるを得ない。
特に、今回の大綱案では、第25において、標準的な医療から著しく逸脱していない限り、医療安全調査委員会から警察へ通知を行わないとして、刑事責任を問われる範囲を極めて狭く絞り込んでいる。これは、できるかぎり幅広く医療事故事例を集積して医療安全に寄与することを目的にしているのであるから、故意又は重過失による届出義務違反のような、事例集積を妨げる悪質な行為については、届出後の調査妨害に対するペナルティと同等以上のものとするべきである。
|
|
|
|
4
|
調査チームの構成について
|
|
(1)
|
第三次試案(13)では、
中央委員会、地方委員会及び調査チームは、・・・いずれも法律関係者その他の参画を得て構成する。
とされており、第三次試案の時点では、中央委員会、地方委員会のみならず、個々の事故毎に編成される調査チームにも、法律家等の関与が予定されていた。
|
|
(2)
|
ところが、大綱案第7の1ないし3では、中央委員会と地方委員会については、「法律その他その属すべき中央委員会又は地方委員会が行う事務に関し優れた識見を有する者及び医療を受ける立場にある者」の任命について明記されているが、調査チームの構成メンバーである臨時委員・専門委員については、そうした明記がない。
|
|
(3)
|
事故調査の実務を担う調査チームの調査結果について、透明性・公正性・中立性に基づく当事者や国民からの信頼を獲得するためには、医療関係者だけで調査チームが編成されるのではなく、医療関係者以外の領域のメンバーが参画することが不可欠である。
現に、国内の主要な医療機関において実施されている院内医療事故調査や、学会等が中心となって実施する院外事故調査、さらには診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業等においては、患者代理人としての業務に精通した弁護士を中心とした医療関係者以外の者が、調査チームのメンバーに加わって調査を実施しており、このことによって、調査結果の透明性・公正性・中立性が高められている。
医療安全調査委員会が選任する調査チームについても、こうした医療関係者以外の者が参画する必要性は全く変わらない。
|
|
(4)
|
また、大綱案第12の1では、医療事故調査の趣旨として、「医療事故死等に関する事実を認定」することを挙げている。医療事故調査を実施する際には、診療記録の記載の不備・不十分や、複数当事者間での記憶の不一致等のため、診療経過・事実経過を確定するために、収集された資料を総合評価して事実認定するという作業が常に必要となる。事実認定が精緻になされていることが、診療経過の医学的評価や再発防止策策定のための根本原因分析の基礎となる。
このように、事実認定は、信頼性の高い調査結果を出す上で、非常に重要な作業となる。こうした事実認定の際には、医学の専門家が医学的知識を持ち寄るだけではなく、証拠評価と事実認定についてトレーニングを受けた専門家である、法律家の関与が必要不可欠である。
|
|
(5)
|
しかも、大綱案第17の1では、地方委員会が医療事故調査を行うにあたって、各種の処分権限(報告要請、立入・物件調査・質問、出頭要請、関係資料提出要請・留置・保全命令・移動禁止、現場立入禁止等)を行使することが予定されている。こうした処分権限が、犯罪捜査のために認められたものと解釈されない形で、調査の現場において適正かつ公正に行使されるためにも、現場で調査にあたるチームのメンバーに法律家が参画していることは、有用である。
|
|
(6)
|
大綱案が第三次試案同様の表現を用いなかった趣旨は不明であるが、今後の法案化や成立後の運用にあたっては、第三次試案が述べていたように、法律家を中心とした医療関係者以外の者が、調査チームにも参画する制度設計や運用がなされるべきである。
|