弁護士園田理(常任理事)(2009年11月センターニュース260号情報センター日誌より)
男児遺体長期安置事件が話題に
マスコミ報道で、名古屋大学医学部付属病院にて手術を受けた後に死亡した男児の遺体が、2ヶ月以上も院内の霊安室に安置されたままになっていたことが、話題になりました。
報道された内容によりますと、おおよそ次のような事実経過だったようです。
H21.3
男児が入院し肺高血圧症との診断を受ける。
H21.7.13
男児が腹腔鏡手術を受ける。
H21.7.15
男児の容体が急変し死亡。
病院側は遺族に対し院内での病理解剖に同意を求めたが、病院での診療に不審を抱く遺族が第三者機関による解剖を希望。病院側がそれはできないとして議論が平行線に。
H21.9.7
病院の代理人弁護士が遺族に対し、遺体引取りを求め、引き取らない場合は1日当たり2万円を請求するとの内容の内容証明郵便を発送する。
H21.10.2
病院が遺族に、県内の別の大学病院での病理解剖を提案し、それまでの対応を謝罪する。
H21.10.6
病院が記者会見で、遺族に改めて謝罪し、外部委員による調査委員会設置を表明する。
剖検システムのルール明確化、周知徹底を
この件では、愛知県内の4大学病院が月ごとに当番となり、県内の他の医療機関からの依頼を受けて病理解剖を行うという、愛知県医師会の剖検システムが、どこまで利用できるかが問題となっていました。
名大病院は、当初、この剖検システムは、自ら解剖を実施できない医療機関による利用を念頭に置いた制度で、4大学病院は対象外だとの認識だったようです。そのため、遺族の、中立な第三者機関で病理解剖を、という希望を受け付けず、議論が平行線を辿り、遺体の長期安置につながりました。
しかし、実際には、この剖検システムを利用できる医療機関に制限は設けられておらず、10年ほど前には藤田保健衛生大病院の依頼で名大病院が病理解剖を実施した実例もあったようです。
4大学病院の一つである名大病院が、なぜこのような剖検システムの運用の実情を知らなかったのか。詳細は調査委員会で調査されることになるかと思いますが、その原因の一つには、剖検システムがあまり活用されておらず、その運用ルールも明確化されていなかったことが背景事情としてあるのではないか、と推測されます。
ご遺族が、「子どもに何が起きたのかを知りたい」と願い、中立な第三者機関での病理解剖を希望されたのは、ごく自然で、切実な思いです。医療機関は、このようなご遺族の思いをできる限り尊重すべきです。
剖検システムの運用ルール明確化や、同システムの周知徹底など、中立な第三者機関での病理解剖が円滑に実施されるような医療界の取組みが望まれます。
モデル事業の積極活用を
また、愛知県では、厚労省補助事業として、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業が行われていますが、今回、このモデル事業は利用されませんでした。モデル事業では解剖が実施され、原則として患者が亡くなった医療機関以外で行われることになっています。
この点につき、愛知県では事件性をうかがわせると医療機関が判断した場合に限定した受付運用がなされており、名大病院が医療事故ではないと判断したため、モデル事業が利用されなかった、との報道がなされていました。
モデル事業は、診療関連死の原因に関する評価結果を遺族に提供することで医療の透明性を確保することも目的とされています。当該医療機関が過失や事件性を認めなかったとしても、遺族が不審を抱き、中立な第三者機関での解剖などを望んでいるような場合には、医療の透明性確保の必要性が強く認められます。死因を中立な第三者機関で専門的、学際的に検討し究明するのがまさに適当だと言うべきです。
愛知県は、モデル事業の受付事例数、総相談事例数とも、全国の中で最も少なく、他地域と大きな格差が生じていることが明らかになっています(本年2月号・5月号の本欄参照)。今回の事例を通じて、調査受付窓口の受付姿勢やモデル事業の利用に対する医療機関の姿勢の違いが地域ごとの格差の原因となっているのではないかと推察されます。
医療の透明性を確保し、信頼を得ていくためにも、モデル事業を積極活用していく医療界の取組みを切に望みます。