スタートから1年~産科医療補償制度の運営状況

弁護士堀康司(常任理事)(2010年3月センターニュース264号情報センター日誌より)

17事例の補償が決定

 昨年1月からスタートした産科医療補償制度では、昨年6月から補償申請がスタートしました。本年1月25日に開催された第5回審査委員会までの間に、合計17事例への補償が決定されています。うち16事例は出生体重2000g以上かつ在胎週数33週以上の事例でしたが、残る1例は、この要件を満たさないものの、個別審査によって一定の要件(標準補償約款別表第一)を満たすと判断された結果、補償されることになりました。

pH7.1未満とされた意義

 この個別審査の要件は、米国産婦人科学会(ACOG)特別委員会の定めた「脳性麻痺を起こすのに十分なほどの急性の分娩中の出来事を定義する診断基準」を参考として策定されました(平成20年1月23日開催の第12回運営組織準備委員会配付資料・参考3)が、臍帯血pHについては7.1未満とされています。このことからは、ACOG特別委員会診断基準(pH7.0未満)を満たさない場合でも、分娩経過中のエピソードによって脳性麻痺に至った可能性が一律に否定されるわけではない(=ACOG特別委員会診断基準は十分条件に過ぎない)ことが、一層明らかになったと言えそうです。

6部会で原因分析がスタート

 昨年9月1日には、原因分析委員会部会委員54名が委嘱を受け、6部会体制で個別事例の原因分析を開始しました。各部会は、産科医3名、小児科医1名、助産師1名、弁護士(患者側・医療側)各1名で構成されており、他に部会に属しない委員が12名となっています。部会に属する委員としては、患者側弁護士からは、増田聖子委員、加藤高志委員、福武公子委員、中山ひとみ委員、松井菜採委員及び安東宏三委員が、医療側弁護士からは、南出行生委員、木崎孝委員、加藤愼委員、金田朗委員、中村勝己委員及び水澤亜紀子委員が、それぞれ選任されています。

  本年1月18日付で公表された原因分析報告書作成マニュアルでは、脳性麻痺発症の回避可能性には言及しないとされていますが、原因分析委員会での議論では、有識者委員から回避可能性についても言及すべきとする強い反対意見が残されました(第10回原因分析委員会会議資料及び議事録参照。なお、患者・家族から回避可能性について質問が出た場合には、報告書とは別に回答書を交付するという妥協案が岡井崇委員長から提案されています)。この点については、今後実際に作成された原因分析報告書の検証作業において、議論が継続されることと予想されます。

剰余金の一部は戻入れ

 本制度については、運用開始前から、公的資金(出産育児一時金)によって運営される制度でありながら、脳性麻痺の推定発生率を高めに想定した結果として、保険会社に多額の剰余金利益が生じる可能性が指摘されていました。この剰余金問題については、運営委員会でも議論がなされた結果、昨年6月26日、日本医療機能評価機構は、1)掛金総額から経費を控除した額(補償原資)から20年分の補償金支払に必要な額を差し引いた残額を、保険会社から運営組織に戻し入れる、2)補償対象者が300人を下回った場合は、300人相当分を超える部分が戻入れとなり、残額は保険会社が取得する、3)余剰金は本制度のために用いる、との方針を公表しました。

  この方針決定によって、剰余金すべてが保険会社の利益となることは回避されますが、300人相当分を基準とした点の合理性や、運営経費の適正性については、引き続き今年5月に報告される決算を注視していく必要があります。