弁護士松山健(嘱託)(2010年4月センターニュース265号情報センター日誌より)
日医の答申の公表
3月、日本医師会は、「医療事故における責任問題検討委員会」(委員長=樋口範雄・東大大学院法学政治学研究科教授)の「医療事故による死亡に対する責任のあり方について-制裁型の刑事責任を改め再教育を中心とした行政処分へ-」と題する答申を公表しました。
今回の答申は、日医会長の「医療事故による死亡に対する刑事責任・民事責任・行政処分の関係の整理、並びに今後のあり方に関する提言」に関する諮問を受け、約1年間、10回の委員会の議論に基づくものです。
提言の要点
答申は、つぎの3つの属性を備えた新たなシステムの構築を提言しています。
1.目的…制裁ではなく、医療事故の原因究明と再発防止を目的とすること
2.手段…事故調査の第三者機関と刑事処分の後追いでない行政処分の新システムを車の両輪とす
ること
3.主体…医療者が中心となる自律的システムとするとともに、国民に開かれた透明性を確保するこ
と
以下、順番に要旨をご報告します。
1.目的:原因究明・再発防止
答申は、制裁型の責任追及システムは、委縮医療を招くとし、医師に対する行政処分は、本来、免許を与えた国が医師の質の保証を図る制度であり、単なる制裁型の責任追及から原因究明と再発防止につなげることを第一義とすべきとします。
2.手段:第三者機関による事故調査と刑事の後追いでない行政処分勧告システム
原因究明と再発防止の方策として、答申は、まず、原因分析のための事故調査に関しては、院内調査委員会がまず役割を果たすべきとする一方、すべての医療機関に設置することは困難として、社会の安全弁として第三者機関を設置する必要性を指摘します。
つぎに、答申では、医療事故後に刑事処分や行政処分が行われた5つの具体的事例を検討し、現行制度下の行政処分の最大の問題点は、行政処分が刑事処分の後追いになっている点にあるとします。
そのため、本来、速やかに免許取り消しを受けるべき医師や業務停止等の処分により再教育を受けるべき医師がそのまま医業継続が可能となるほか、刑事判決依存型の運用により、本来、行政処分がなされてしかるべき事案について行政処分が行われない、事故から処分まで長期間を経ることによる制裁としての感銘力の低下等の諸々の問題が生じていると指摘します。
この問題について、答申は、現在の医道審議会の答申を受けて厚労大臣が処分を行う仕組みを前提に、「医療事故については、医道審議会に対し、医療専門家の立場から助言を与える、いわば『医師による医師の再生のための行政処分の調査勧告システム』を構築する必要がある」と述べます。
以上の事故調査の第三者機関と、刑事処分の後追いでない新しい行政処分勧告システムを医療安全のための車の両輪とすべきとします。
3.主体:医療専門家の自律性
答申は、同じ専門職である弁護士についての弁護士会の懲戒処分との対比、米国(ニューヨーク州)の医師に対する行政処分のヒアリングを踏まえ、国民の代表も取り込み透明性を確保して医療への信頼を高めつつも、医療事故の教訓を医療安全につなげる上では、医療専門家の自律的取り組みは欠かせないとし、事故調査に関する第三者機関及び行政処分を勧告するシステムは、いずれも医療者が自律的な責任を果たすシステムとして構想すべきとします。
答申の位置づけ
医療事故調査制度に関しては、2月23日の衆院予算委員会で、足立信也政務官が、大綱案について、「そのまま成案になるということはないと考えている。来年度中に方向性を出したい。」と見直しに着手する考えを示し、約1年半ストップしていた議論が再開しようというタイミングです。
もっとも、従来の民主党案は院内事故調偏重と読める内容であり、足立政務官は、昨年末のシンポジウムで、大綱案につき「事実上、厚労省案として推奨していない」との考えを示しており、民主党に事故調査を行う第三者機関を作る気があるのかどうか、よくわからないというのが実情です。
その中で、日医が第三者機関の必要性に言及したことは、(手放しで賛成できるわけではありませんが、)やはり第三者機関創設を含む形でのシステム構築の必要性を再認識させるものということができるといえるでしょう。