日本医師会が「第三者的組織」創設を提言~よりよい制度に向けて「間口」の改善を

弁護士堀康司(常任理事)(2011年8月センターニュース281号情報センター日誌より)

日医が制度構築主導を意思表明

 本年7月13日、日本医師会は、医療事故調査に関する検討委員会(寺岡暉委員長)による答申「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」を公表しました。

  この答申では、医療事故調査制度の柱を「院内医療事故調査」と「第三者的機関」であると位置づけた上で、最大の医療団体である日本医師会に本制度の構築を主導・調整する責務があると提言しています。

全医療機関に院内事故調設置を提言

 答申は、すべての医療機関に院内事故調査委員会を常設し、事故発生時には、外部委員(専門委員、法律家、有識者)を交えて調査を行い、結果を院長から患者家族へ報告することとし、小規模医療機関については、医師会・大学等からの支援を依頼できる体制を築くとしています。

  答申が「外部の第三者機関において調査分析、再発予防策の提言が行われていようとも、院内の医療安全活動が活発に行われなければ医療の質の向上には貢献しない」と述べているように、個々の医療機関が自らの適切な調査検討を行うことは望ましいあり方であるといえます。

  また、答申では「院内事故調査は、身内による内部的な調査であることから、調査の質を担保するために一定の基準を設ける必要がある」とした上で、医療事故収集等事業などへの報告義務も検討課題となるとしています。このように答申が中立性や透明性の確保を重視している点は評価に値するものと考えます。

届出対象は「院内調査の能力を超えるもの」に限定

 答申は、「第三者的機関」を日本医療安全調査機構を基本とした上で組織を再構築して創設し、各都道府県に1箇所以上の地方事務局を設置することを提案しています。

 そして診療関連死は、医師法21条の対象外とした上で、院内事故調査委員会において可能な限り調査分析を行ったにもかかわらずその分析能力を超えるものを「第三者的機関」へ届け出る(調査依頼を行う)としています。

 答申では患者家族から「第三者的機関」への調査請求も可能としており、この点は公正性や中立性の確保を重視する見解として、特筆に値します。

 ただ、院内調査の能力を超えるものだけを届出対象とした点は、今後の大きな論点となると思われます。

「間口」の設計は原点に立ち戻るべき

 今回の答申内容では、

 1)届出なき診療関連死事例が生じる

2)届出が院内の裁量的判断に左右される余地が残る

3)届出時期が院内調査後となる

 という3点に課題が残ります。

  医療の質の向上のためには、事例を漏れなく捕捉して教訓を抽出することが有効です(たとえば、産科医療補償制度では、周産期脳性麻痺をほぼ全例捕捉可能となったことが、緻密な分析と再発防止提言の実施に大きく寄与しています)ので、全例を届出対象とすべきです。しかも、院内調査の能力を超えるかどうかを基準とした場合、真摯な姿勢の医療機関からは届出がなされる反面、そうでない医療機関からの届出が滞るおそれがあります。そして、事故発生時から届出時期がずれ込むほど、剖検実施機会が損なわれたり、重要な資料が散逸するおそれが生じます。

  医療事故調査制度の議論の原点である日本医学界加盟主要19学会の声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設に向けて~」(平成16年9月30日)では「診療行為に関連して患者死亡が発生したすべての場合について、中立的専門機関に届出を行なう制度を可及的速やかに確立すべき」と提言されています。

  従来、日本医師会も、診療関連死発生時点で保健所に全例を届け出るという制度設計を提案していました(平成19年5月日本医師会医療事故責任問題検討委員会「医療事故に対する刑事責任のあり方について」)。つまり、発生時点でもれなく早期に届け出るという点では、上記19学会声明の趣旨に沿った形で、上記3点の課題を回避可能な制度設計が想定されていたといえます。

  今回の答申で、日本医師会は「間口」の設計を大きく変更しましたが、答申には変更理由の説明は見当たりませんでした。

  院内事故調査に一定の役割を委ねるとしても、医療事故調査の透明性や公正性を確保するためには、全例について早期に外部へ届出を行う制度とすることが不可欠です。また、院内事故調査委員会の質を担保するための基準設定や、医療事故情報収集等事業への報告義務の設定の議論の際には、「間口」緩和による上記3点のデメリットへの対処を意識した検討が必要です。

議論再開の機運

 以上のような課題はありますが、この数年の間、この問題は停滞を続けていましたので、日本医師会が制度創設に向けた動きを再開したことは、積極的な評価に値します。

 よりよい制度創設に向けて、引き続き、患者の視点からのより一層の働きかけを行っていきたいと思います。