死因究明制度に関するワーキングチーム検討開始

弁護士松山健(嘱託)(2011年9月センターニュース282号情報センター日誌より)

犯罪対策閣僚会議にワーキングチーム設置

 平成23年4月23日に警察庁の「犯罪死の見逃し防止に資する死因究明制度の在り方に関する研究会」が、報告書を発表し、これを受け、政府の犯罪対策閣僚会議は7月26日、警察庁、法務省、文部科学省、厚生労働省、海上保安庁の局長級幹部らで構成される「死因究明制度に関するワーキングチーム」(WT)の設置を決めました。このWTの第1回が8月4日に仙谷内閣官房副長官を議長として開催されましたので、WTの検討事項の核となる「法医解剖制度」(仮称)とそれを担う「法医学研究所」(仮称)についてご報告します。

議論の背景

 平成19年の時津風部屋事件を契機として犯罪死の見逃しに対する社会的関心が高まり、死因究明に関する我国の検視・死体検分、検案及び解剖の制度的不備が指摘され、警察庁は平成22年1月から研究会での検討を開始しました。

現在の解剖制度

(司法解剖)

 現行制度の下では、不自然な死亡を遂げた死体については、警察がまず検視・死体見分を行うとともに、検案を行う医師の助言を得て犯罪死か否かを判断します。犯罪死の疑いが認められる場合、捜査の必要性から死因等を特定するために刑事訴訟法225条に基づく鑑定処分許可状により、各大学法医学教室の教授等に鑑定を嘱託して「司法解剖」が実施されます。

(行政解剖)

 また、犯罪性がないと認められる死体であっても、公衆衛生上の目的から死因を特定するなどの必要がある場合には、監察医の置かれている地域では、死体解剖保存法8条に基づいて遺族の承諾や裁判官の令状がなくとも、監察医が「監察医解剖」を実施し、監察医の置かれていない地域では、同法7条に基づいて、遺族の承諾を得て各大学法医学教室の教授等が「承諾解剖」を実施しています(両者を合わせて「行政解剖」と呼ばれます)。

解剖数・率

 解剖に付された死体数は、平成22年中の場合、死体取扱総数17万1,025体のうち、司法解剖が8,014体(約4.7%)、行政解剖が1万1,069体(約6.4%)、合計1万9,083体と全体の約11.2%にとどまっており、国際的な水準である50%の解剖率(スウェーデンやフィンランドでは80~90%)を大きく下回ります。

  これが犯罪死見逃しの大きな要因であるとの分析のもと、報告書は、監察医務院が設置される東京都23区の解剖率20%まで全国の解剖率を引き上げることを当面(5年内)の目標とし、将来的には、国際的な50%に引き上げることを目標とするとし、現在、170名の解剖医を、当面は2倍の340名、将来的には5倍の850名に増員することが望ましいとします。

法医解剖制度

                      令状  承諾     目的

司法解剖           要    不要 犯罪捜査 

行政解剖 監察医解剖 不要 不要 公衆衛生 

       承諾解剖   不要  要   公衆衛生 

       法医解剖     不要 不要  犯罪見逃し防止 


 新たに創設が検討される「法医解剖制度」は「犯罪死の見逃し防止を主たる目的として、警察署長が・・・法医学研究所の長と協議した上で解剖の要否を決定し、遺族の承諾がない場合でも解剖を実施できる新しい行政解剖制度」(報告書)と定義されます。

  犯罪による死亡か分からない遺体が対象となる点及び令状審査を要しない点で司法解剖と異なり、また、遺族の承諾を不要とする点で、承諾解剖とも異なります。解剖目的を公衆衛生向上から犯罪死見逃し防止に変えた、監察医解剖に似た行政解剖ということができます。

法医学研究所

 報告書では、この法医解剖を担う専門機関として、将来的に各都道府県に「法医学研究所」を設置し、全国的に同一水準で整備すべく国の機関として位置づけ、犯罪死の見逃し防止と公衆衛生の向上を目的とする解剖を併せて行う機関として、警察庁と厚労省の共管とするのが妥当とします。当面は、監察医制度に基づく機関や大学法医学教室を法医学研究所として国が指定し、機能を併存させることが考えられています。

診療関連死の扱いは?

 平成19年に廃案になった民主党の死因究明2法案(細川現厚労大臣が筆頭法案提出者の議員立法)では、当時議論がまだ活発であった医療版事故調との関係で、診療関連死につき別途法律で定めるとされていました。

  この点、犯罪死の見逃しに遺漏がないようにするには、異状死全般を対象とすることが必要であるところ、研究会の報告書では、あえて診療関連死の扱いに言及することはしていません。政府の犯罪対策閣僚会議に設置され、警察視点での提言を検討の出発点とするWTですが、その名称は「犯罪死の見逃し防止に資する」との目的を冠することなく、単に「死因究明制度に関するワーキングチーム」となっています。医療版事故調について先行き不透明な現状において、諸外国の制度に倣って、新制度が異状死全般に関する死因究明制度として構築され、診療関連死は別扱いとされない可能性も残ります。