弁護士堀康司(常任理事)(2011年12月センターニュース285号情報センター日誌より)
厚労省検討会が始動
本年8月25日、厚労省において「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の初回会合が開催されました。この検討会は、本年4月8日に閣議決定された「規制・制度改革に係る方針」に、「医療行為の無過失補償制度の導入」という項目が設けられたことによるものです。初回会合の後、9月30日に第2回、10月24日には第3回の会合が行われており、11月23日現在、第2回会合までの議事録が公表されています。
原因究明・再発防止も検討課題に
本年5月の本欄においてもご紹介したとおり、上記閣議決定では、無過失補償と免責制度だけが検討課題とされており、事故原因の分析を行って事故の再発を防止するという視点が欠けているのではないかと心配されました。
しかしながら本検討会の開催要項では「医療事故の原因究明及び再発防止の仕組みのあり方」についても検討課題とされています。今回の検討会の名称からも明らかとされているように、「無過失補償制度が医療の質の向上に資するものでなければならない」ことが明確にされた形で会合がスタートしたことは、前向きに評価できるものと考えています。しかしながら、検討会の席上では、事故調査の観点を切り離すことを求める趣旨の発言が散見されますので、今後の議論の推移には注意が必要です。
事故実態は不明のまま
新たな制度を考えるには、まず現実を正確に把握することが必要不可欠です。第2回の会合においても、次のように指摘が相次ぎました。
・宮澤潤構成員(弁護士)
「医療事故の件数そのものをどのようにして把握していくか。これは日本医師会や医療団体のほうで事故扱いにしているものがどの程度あるのか、医療機能評価機構のほうに届けられている事故とか、そういう実数を確認していく必要があるのではないかと。
また、補償の点に関しては保険会社に医療事故として届けられて、どの程度の保険給付で総額、年間どのぐらいかかっているのかという実際的な数字を確認していくというのは、これから制度を設計していく上では、非常に重要なことになるかと思います。」
・椎名正樹構成員(健保連参与)
「その辺は行政の仕事ではないかと思います。行政がきちんと現段階で集められる限りの情報を集めて、こういった所に是非提示していただきたいと思います。」
こうした指摘に対し、厚労省の医療安全推進室長は「関連する部分で統計のあるものについては、次回以降、ご提供するように努めたいと思います。」と回答したのですが、第3回会合において提出された資料は、厚労省の実施する「医療事故情報収集等事業」の参加医療機関数と、平成22年に報告された事故件数を障害の程度別に集約した1枚の表だけでした。
同事業に参加する医療機関には様々な規模の施設が含まれています。参加医療機関の病床総数や年間退院患者総数等に関する情報がなければ、死亡報告の実数(報告義務対象医療機関182件、参加登録医療機関227件)等の意義を評価することは不可能です。しかも、繰り返し本欄でも指摘しているとおり、同事業においては、義務的報告を怠っている医療機関が少なからず存在します。単に同事業の報告件数を並べただけの資料を提出した厚労省医療安全推進室の姿勢からは、医療安全に資する良い制度を創設したいという熱意が感じられず、非常に残念です。
まず何よりも実態把握を
宮澤構成員らの指摘に応えるには、医師損害賠償責任保険・病院損害賠償責任保険の財政規模や保険金の支払状況等について、厚労省が日本医師会、損害保険会社、金融庁等に対して事実照会を実施することが不可欠です。実際にも、第3回会合では、宮澤構成員から厚労省に対し、情報収集の努力を求める趣旨の発言がありました。
次回日程は未定のままとなっていますが、充実した資料が早急に厚労省から提出されることを期待したいと思います。