行政処分と有罪判決~変わらない運用がもたらすものは?

弁護士堀康司(常任理事)(2012年4月センターニュース289号情報センター日誌より)

有罪判決なき行政処分

 本年3月4日、厚生労働省医道審議会医道分科会は26名の医師の行政処分を答申しました。この中には「医事に関する不正」を理由として刑事処分を経ずに戒告処分とされた医師が1名含まれています。この医師には、2001年に出産後の女性が死亡した件について罰金刑(業務上過失致死)が確定したことに基づき、昨年9月に戒告処分が下されていましたが、今回は、女性の死亡以前に発生していた脳性麻痺事故と死産事故の2件について、有罪判決を経ないまま戒告処分が下されることになりました。

「医道」の観点から適正を問う制度

 医師の行政処分は、医師法7条2項に基づき、同法4条各号に該当する(罰金以上の刑に処せられたもの等)か「医師としての品位を損するような行為のあったとき」には、厚生労働大臣が医師を処分するという制度です。

  平成14年に厚生労働省医道審議会医道分科会が定めた「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方」によれば、行政処分制度は医道の観点から医師等の適性等を問う制度と位置づけられており、「医師、歯科医師の職業倫理、医の倫理、医道の昂揚の一翼を担うものでもあり、国民の健康な生活の確保を図っていくためにも厳正なる対処が必要」と説明されています。「医師としての品位を損するような行為のあったとき」も処分の対象とされていることからもわかるように、本来、刑事処分と行政処分は目的の異なる制度とされています。

独自性の失われた運用実態

 しかしながら、現実には、医師の行政処分は刑事処分の後追いという形で運用されており、独自性はほぼ失われています。

  上記の「行政処分の考え方」には「刑事事件とならなかった医療過誤についても、医療を提供する体制や行為時点における医療の水準などに照らして、明白な注意義務違反が認められる場合などについては、処分の対象として取り扱う」と定められていますが、有罪判決を経ずに行政処分が下された例は、本件を含めわずか数件です。しかも、本件では、事故発生から処分まで10年以上が経過しており、遅きに失した感は否めません。

報告書の科学性・論理性の検証

 今月、上記「行政処分の考え方」が制定以来初めて改訂されました。しかし、その内容は、診療報酬の不正請求は金額の多寡に関わらず一定の処分とすると変更されたに留まり、他は従来どおりです。医道審議会は、多くの事案について独自に事実認定を行い得る体制にありません。同様の事故を起こしたにも関わらず、処分がされたりされなかったりという不平等・不透明な状況は、今後も続くことが予想されます。

  こうした状況の健全化のためには、まず何よりも、医療事故の発生をきちんと把握できる体制が不可欠です。そして把握された情報に基づいて、どのような事故に対してどのような処分や再教育が必要なのかを丁寧に検討していく必要があります。

  そのためにも、2004年に日本医学会加盟主要19学会が発表した共同声明が提案するように、医療事故の届出制度が早期に創設される必要がありますが、残念ながら今なお実現の目途は立っておらず、大変に残念です。