弁護士松山健(嘱託)(2012年11月センターニュース296号情報センター日誌より)
再発防止情報の医療現場への還元
「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」の開催が平成24年10月末に第8回を数え、あるべき医療版事故調査制度が模索されています。中心的論点は適正な調査制度の構築に関わるものですが、いかに適正な調査制度が構築され、正確な原因分析と適切な再発防止策が策定され、詳細な内容の調査報告書が作成されたとしても、情報の一般的な医療現場への還元の仕組みが機能しなければ、せっかくの調査成果も再発防止に資する教訓としては十分に生かしきれないことになります。
モデル事業の新たな試み
この点、一般社団法人日本医療安全調査機構(調査機構)では、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の調査分析結果に関して、従来、依頼医療機関及び患者遺族に対して報告された「評価結果報告書」をもとに、再発防止の一助となることを目指して概略をまとめた「評価報告書の概要版」をホームページ上に公表してきました。もっとも、概要版とはいえ、4~8頁に亘る数千文字の文章であり、特定の事例について、タイトル等から関心を持って自発的に目を通そうという場合でなければ、医療関係者がそれを読んで、再発防止のための教訓を得る素材としては必ずしも十分なものとはいえませんでした。
今回、調査機構は、新たな試みとして、「警鐘事例~事例から学ぶ~」と題して、モデル事業で評価が終了した事例の中でも特に、医療の現場に情報提供する意義が大きいと考えられる事例につき、概ね2か月に1例ずつ紹介することとしました。
評価機構の「医療安全情報」との比較
この取組みは、公益財団法人日本医療機能評価機構医療事故情報収集等事業が公開している「医療安全情報」と基本的なコンセプトは同じです。2ページ程度に、事故事例の概略と同種事故を生じないために注意すべき点を簡潔にポイントとしてまとめ、図解や写真を用いて、視覚的なわかり易さに訴える形式です。
「医療安全情報」は、医療事故情報収集等事業に参加している医療機関や情報提供を希望する病院等合わせて約4,600に上る医療機関に対して、毎月1回程度ファックスで提供されています。
この点、調査機構によると、現在は、まだ学会等で周知を図っている段階で、モデル事業の調査依頼医療機関等へのメールでの配信等にとどまっているが、将来的には、多くの医療機関に配信する手段を検討したいとのことでした。
周知手段に関しては、先行する「医療安全情報」に一日の長がありますが、提供する情報の相違からして、決して「警鐘事例」が「医療安全情報」の二番煎じで意義が乏しいということはいえません。すなわち、ヒヤリ・ハット事例も含む医療機関からの任意の情報提供に基づく「医療安全情報」に対して、「警鐘事例」は、死亡事案に関する調査分析を行った中から特に医療現場に還元すべき再発防止のための情報としてピックアップしたものであり、医療現場にとっては、より重きを置いて受け止めるべき情報と位置づけ得るもので、相互に役割分担して補完しあえるものといえます。
まとめ
一つひとつの医療事故から再発防止のための教訓を抽出するには、時間や労力を費やしての的確な原因分析と効果的な対策の立案を要します。もっとも、医療現場がその教訓を生かすためには、(事故の種類にもよりますが)必ずしも、個々の医療従事者が詳細な報告書を読んで事案の分析から入って事故の実態を理解しなければならないわけではありません。むしろ具体的事情を捨象して、再発防止のための注意点として整理されたポイントのみを情報として得た方が、注意点として留意し易く効果的なことも多いといえます。
一般的な医療現場へのフィードバックをどう工夫するか、集積していく事例に対する検索等のアクセスの仕組みや同種事故が再発した場合の再度の情報提供等の制度構築は、医療版事故調の調査結果を再発防止のために生かす仕組み作りの重要な参考になるものです。「警鐘事例」の今後について、見守っていく必要があります。