堀康司(常任理事) (2017年9月センターニュース354号情報センター日誌より)
無痛分娩研究班の発足
無痛分娩とは、主に硬膜外麻酔を用いて、出産時の疼痛を緩和する分娩方法です。近時、無痛分娩の重篤な事故が相次ぎ報じられたことをきっかけとして、厚労省に「無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築についての研究」(研究代表者海野信也北里大学病院長・日本産科麻酔学会会長)が設置され、本年8月23日に第1回会合が公開検討会方式で開催されました。
無痛分娩事故に関する事実経過
2004年 日本産婦人科医会、偶発事例報告事業開始
2008年12月 名古屋市内で無痛分娩に際し母児死亡
2009年 産科医療補償制度発足(母体死亡は原因分析の対象とされず)
厚労省研究班が「全国の分娩取り扱い施設における麻酔科診療実態調査」を実施。
(以後無痛分娩の全国施設調査は実施されていない)
2010年 日産婦医会、妊産婦死亡報告事業開始
2012年11月 京都府内で無痛分娩に際し母児に重度障害(*1)
2015年1月 本誌、名古屋事例症例報告を掲載(322号)
9月 神戸市内で無痛分娩に際して母児ともに重度障害
2016年5月 京都府内で帝王切開時の硬膜外麻酔に際し母児に重度障害(*2)
12月28日 京都事例(*1)で民事訴訟提訴
2017年1月 大阪府内で無痛分娩に際し母に重度障害(後に死亡)
4月16日 日産婦学会で無痛分娩時の急変に備えた体制整備を緊急提言
5月12日 神戸事例の母が死亡
6月 日産婦医会が無痛分娩実態把握調査開始
7月4日 神戸事例遺族が要望書提出
7月29日 京都事例(*1)原告が会見
8月8日 神戸事例遺族が2つめの要望書を提出
8月10日 名古屋事例遺族が要望書提出
8月22日 京都事例(*1)民事訴訟第1回口頭弁論(京都地裁)
8月23日 海野班初会合
(注:*1と*2は同一医療機関)
神戸事例の要望事項
神戸事例遺族の要望事項は次のとおりです。
1)同様の事故やヒヤリ・ハットの調査実施
2)医療従事者のリスク意識の改善
3)リスク説明内容のひな形を付けたガイドラインの策定
4)体制の整わない医療機関での無痛分娩の制限
5)ガイドライン策定後のフォローアップ
名古屋事例の要望事項
名古屋事例遺族の要望事項は次のとおりです。
1)国・日本医師会・日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会・日本産科麻酔学会の共同による無痛 分娩実情調査の実施とこれに基づく対策の立案、実行(無痛分娩被害者からの情報受付窓口の設置、日医医賠責保険賠償事例における無過失補償症例の抽出を含む)
2)産科補償制度の見直しによる無痛分娩時を含む全母体死亡への補償と原因分析の実施
被害事例を漏れなく把握するために
海野班では、日産婦医会のアンケート調査結果を評価するとともに、諸外国のガイドライン等を検討して安全対策を提言することが予定されていますが、医会アンケートの回収率は約6割です。被害事例を教訓としていくためには、残る4割の情報収集が不可欠です。アンケート調査の限界補完のためにも、被害者からの情報を受け付ける窓口の設置が望まれます。また、産科補償制度によってほぼ100%の分娩の把握が可能となっていますので、周産期母体死亡をも補償の対象とすることで、無痛分娩事故を含む全母体死亡症例を把握して原因分析を進めることができる仕組みを実現できるはずです。
プロフェッショナリズムに基づく作業への期待
今回の第1回会合では、神戸と名古屋の遺族からの要望事項が資料として配付された上で、研究班の基本方針として、検討プロセスの公開と透明化を重視する方針が打ち出されました。また研究班では「医療安全に関してはダブルスタンダードは社会的に許容されない」との認識の下で、病院・診療所で共通の安全対策の実現を目指すことが確認されています。こうした姿勢からは、医療安全実現に向けた真摯な決意が強く感じられます。
今後の検討作業が安全なお産のために結実していくことを期待したいと思います。